『赤ひげ』

https://www.meijiza.co.jp/info/2023/2023_10/

 

 

明治座 1階7列下手側 通路近く


長崎帰りの保本登が小石川療養所に着くところから始まります。新木宏乗(あらきひろふみ)さんが上手側の通路を通って登場。
千秋楽は上手側なので間近で見られる。❤
下手側と上手側の通路は療養所に続く道として使われており、この後下手側を津川玄三(崎山つばささん)が通ります。
石切丸じゃない崎山さんを初めて観た。(映像作品では見ているけど)

本人はエリートのつもりの保本は療養所の有り様に愕然とします。お抱え医師になる予定で長崎留学しているので、小石川療養所に行かされることじたいかなり不本意

主役は赤ひげ先生(船越英一郎さん)なのですが、保本の成長物語であり、同じく見習い医師の津川、森の成長物語でもあります。

船越さんが舞台は初ということでビックリしました。
新木さんが「貸切公演」を今回で知ったというのも驚きでした。

さて、小石川療養所は吉宗が行った施策ですので時代は1720年以降
脚本にいつ頃の話しかヒントがないのですが、予算切り詰めを伝えられるシーンが2回あるので創設間近ではないとみました。
いずれにしても庶民は貧しく、その日暮らし状態。酒を止められず肝臓がんで亡くなる者、世を儚んで一家心中する者、家族のために身売りする者、そんな庶民を間近で見ながら見習い医師たちの意識は変わっていきます。

保本が到着初日に大けがした女性が運び込まれ、暴れないように見習たちが押さえつけるのですが、彼が役に立たず、痛みに暴れる女性に蹴飛ばされ、挙げ句の果てに大量出血に気を失うシーンは笑いました。

療養所のお仕着せは着ないし、長崎帰りのわりに実践経験ないから役に立たないし、ダメダメな保本ですが、じょじょに変化していき、赤ひげ先生にも意見するようになります。深夜の急患を断ったことを叱責されるシーンでは、赤ひげが患者第一でまったく休まないことに異議を唱えるのです。
そこに同席していた津川も保本に賛同し、しかも赤ひげ先生を崇拝している森すらもです。これには流石の赤ひげも驚きを隠せません。同時に見習い医師たちの成長を嬉しくも思ったことでしょう。
赤ひげ先生に代われる人材は今のところなく、赤ひげが倒れたら元も子もないのです。
保本たちはそれを訴えるわけです。
1人の肩に多くがのしかかる事って今でもありますよね。
山本周五郎の作品には江戸時代の話しでありながら、けっきょく今も同じようなことが起きて、やっていて・・・と人間って数百年経っても同じなんだなと思うわけです。

このシーンに関しては見習いたちが正しいに1票!

保本が療養所に来て1年が過ぎ、赤ひげが彼に幕府のお目見え医になることが決まったから年明けに出て行くように伝えます。
保本はそれを拒否しますが、赤ひげは「おまえがお目見え医になることで組織を変えろ」と言います。
そもそも保本はお目見え医の席を約束されていたのですが、それを小石川療養所勤めにしたのは彼の父が世間知らずの息子を鍛えるために画策したという事実を知らされます。
良い父ですね。
父の思惑通り保本は赤ひげに鍛えられ、庶民の暮らしを間近に見、その営みに触れることで大きく成長するわけですが、彼はお目見え医になることを拒否し、療養所に残る選択をします。

約束された地位を投げ打って町医者であることを選んだ保本を賞賛する方が多いのでしょうし、きっと赤ひげが書かれた頃はそれこそが医師の鑑のように思われていたかもしれません。
でもここでは赤ひげに1票!
赤ひげの後任は津川やいずれ来るであろう見習い医師が協力して務まる可能性がある。でも幕府に入り込み、内側から変えるきっかけを作れるのは保本しかいない。保本の選択は人として素晴らしいことかもしれないが、医療体制を改革するという面ではチャンスを逃したと言えるでしょう。

どちらが正しい選択という見方は出来ないし、する気もありませんが、数十年後に保本は後悔するかもしれないし、庶民から慕われて良い人生だったと思うかもしれない、その両方かもしれない。

脚本は大団円で終わるけれど、その先を想像させる公演でした。